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塩竃市 被災地支援レポート(5)~5月1日~

塩竃市 被災地支援レポート(5)

<5月1日>
午前中は前日と同じスケジュールで行動。
8時半にミーティングをし、支援内容について確認しました。行き先も前日と同じ、文化施設でした。

前日と違ったのは、足浴チームの人数が少ないこと。
昨日は15人ほどいましたが、今日は8人です。
メンバーも大幅に入れ替わり、前日の支援を経験しているのは私含めて3名。

足浴ブースのセッティングを行い、午前9時半すぎ足浴開始。
まずは経験者がお手本を見せようということになり、私も足浴担当に入りました。

2人ほどの足浴を終え、同じチームの医学生に引継ぎをしました。
そして昨日を同じ場所へテーブルをキーボードをセッティング。

すると、他団体からのボランティアの方か、避難所の事務局の方かわかりませんでしたが、男性が一人通りかかりました。

「もしかして昨日も弾いてました?」
「はい、弾いてました」
「これ、自動演奏じゃなかったんだー!すごいな!今日も頑張ってください!」

昨日の演奏、思った以上に遠くまで聞こえていたようです。
この一言に励まされながら、歌集を広げました。

最初に目の前にいたのは男性3人組。
会話をしながらリクエストを聞いてみると、一人の男性が
「長崎は今日も雨だった」を聴きたい、クールファイブが好き、とのこと。
さっそく演奏開始です。

次に小学校1~2年生くらいの女の子がやってきました。
もじもじしながらこちらを見ているので「何か好きな歌ある?」と話しかけてみると、やっぱりもじもじ。
おばあさんに促されてやっとこちらに近づいてきました。

「Believe弾けますか?」

合唱曲のBelieveであってるかな、と思いながら歌いだしを弾いてみました。

「例えば君が傷ついて・・・これであってる?」
「うん」

ホッとしながら一曲弾きました。

その間にも、建物を出入りされている避難者の方、他団体から来ている(または地元の)ボランティアと思われる方、
警備の方などがこちらを見ながら通りすがっていきます。目があった方には笑顔で会釈を心がけました。

また近くの方にリクエストを聞いたり、歌集をめくったりしながら演奏を続けます。

すると一人の女性が近づいてきました。

「家族に、こうやって音楽やる人が来てたよって知らせたいんで写真撮ってもいいですか?」
「どうぞ!」

今度は昨日も会った20歳前後の男性が来ました。

「大事MANブラザーズの『それが大事』弾けますか?」
「弾けますよ!」

昨日の様子から歌が得意と見たので、こちらはあまり歌わず、旋律も弾かず、
伴奏に徹して気持ちよく歌っていただきました。

次は小学生と見える二人のお子さんと、そのお母さん。

「お姉さん、歌も歌いますか?ZARDの『負けないで』とかできたら・・・」
「あと『ロビンソン』はどうでしょうか」

ご自身のお好きな曲をリクエストされるお母さんを見て、ふと気づきました。
足浴や、整体(も別のルートからボランティアさんが来ていました)を受けるときは、お子さんにお留守番していてもらうか、どなたかに見ていてもらわなければならない。
お子さんと並んで聴く音楽が、お母さんご自身の気晴らしになれば・・・

音楽療法士という職業は、普段から歌を歌います。
ただし私の場合、普段のセッションでは参加者の皆さんが主役と思っているため、
自分の歌声はガイドメロディ的な役割と捉えています。

つまり「自分の歌声を人に聴かせよう」と思うことはほとんどないのです。

しかしこの時だけは、目の前のお母さんに届け・・・!という祈りにも似た思いで歌いました。

歌い終わると「ありがとう」とにっこりして、その場を去って行かれました。

驚いたことに、見えないところ(吹き抜けになっている部分の階段を降りた向こう側)からも拍手が聞こえてきました。

その次は20歳すぎの女性が来ました。

「すごいね~、なんでも弾けるの?」
「私が知ってる曲と、この歌集に載ってる曲なら弾けるよ」

彼女は音楽を聴きに来たというより、私に話をしに来てくれたのでした。
そのまま10分ほど雑談。

中島美嘉の「雪の華」を聴きたいと言ってくれたので演奏しました。

この日は他にもカントリー・ロードやアメイジング・グレースなどの洋楽や、90~00年代のJ-POPを弾きました。

11時45分頃、足浴ブースや医療相談ブースの片付けに合わせてキーボードもしまいました。
12時には撤収、病院へと戻りました。

午後はフリーとなりました。
訪問の日程は自治体や避難所の管理者との話し合いで決まっており、訪問を行わないタイミングもあるそうです。

「せっかく来たのに仕事がないなんて!」と考えそうになりましたが、そもそも被災地はボランティアに仕事を与えるためにあるわけではない。

せっかくの自由時間です。電車とバスを使って松島海岸の方まで出かけたり、洗濯済みの足浴用タオルを畳んだりして過ごしました。

夕方は全体の振り返りミーティング。医療チームから「フォローが必要な方のリストに、その方が避難所のどのあたりにいらっしゃるか、大体の場所でもいいので記入するようにしたい」という提案が出ました。

また私が畳むのを手伝っていた足浴用のタオルは、その洗濯の手順がマニュアル化されて、紙に書いてありました。

私達が病院にいる間にも、少しずつ支援の方法は進化していました。

この日の夕食も、近くのお店で外食。
夕食後はメールチェックとツイッター投稿を行い、眠りにつきました。

(塩竃市 被災地支援レポート(6)へつづく)

塩竃市 被災地支援レポート(4)~4月30日午後~

塩竃市 被災地支援レポート(4)

<4月30日午後>

お昼休憩をはさみ、午後2時前にミーティング。次に訪問する避難所は体育館です。
午前中に別の避難所を訪問していた方々と共に向かいます。
支援内容は午前と同じで、医療相談ブース担当、回診担当、
服薬チェック担当、リハビリ担当、足浴担当に分かれて行います。
看護師の中のリーダーさんからは、「音楽療法士さんはぜひ音楽やってください」との指示がありました。

キーボードと歌集に加え、午前中は持って行かなかったお手玉を持参し体育館へ。
(お手玉については塩竃市 被災地支援レポート(1)をご参照ください)

建物の入り口を入ると、まず事務室があります。
代表者が体育館の事務局の方と挨拶をしました。
ロビーには大型テレビが1台置いてあり、その奥に皆さんが寝泊りする体育館があります。

今回は、この避難者の寝泊り場所である体育館の入り口手前に、足浴ブースを作ることになりました。
足浴ブースはテレビから近く、近くの椅子に座ってテレビをご覧になっている方も多くいらっしゃいます。
この日はプロ野球の楽天戦があり、男性が特に多いようでした。

事務所の近くでは、携帯電話を新しく契約する方のためのコーナーがあり、業者の方が来ていました。

準備をしながら感じたのは、午前中に訪れた文化施設に比べて避難者の皆さんに元気がないということです。
入り口が二つあった文化施設は物理的な風通しもよかったのですが、
こちらの体育館は入り口が一つ、その分空気がこもっていました。
それに比例するかのように、避難所全体に流れる空気もどこか余裕のないものでした。
足浴ブースに置く案内板(段ボールにマジックで文字を書いたもの)の表記がわかりづらいことに、
声を荒げる方もいらっしゃいました。
年齢層は、文化施設よりも全体的に高く、ご年配の方が多いように見えました。

足浴ブースの準備が終わると、前回の訪問時に時間が足りずにできなかった方を優先に、足浴を始めました。
避難所全体の年齢層から想定されたとおり、60代以上と見える方がほとんど。
杖を使っていらっしゃる方にも時々お会いしました。

足浴チームの人数は多く、足浴担当、肩のマッサージ担当、お湯の担当など分担しても人数に余裕がありました。
私はキーボードを邪魔にならない所に置き、建物内を一周しました。
音楽を鳴らしても良いような場所は見当たらず、
足浴の近くで弾くととテレビで野球をご覧になっている方の迷惑になると思いました。

そこで今回は、私も足浴に徹することにしました。
足浴については幸いヘルパー2級の実習で経験したことがありました。
またマッサージは割と得意で、私自身も時々肩こりに悩まされることがあるため、
セルフマッサージについて知っていることをお伝えすることもできると思いました。

午前の文化施設に比べ、足浴にいらっしゃる方々も固い表情の方多かったのですが、
足を洗い、マッサージをし、保湿クリームを塗り、会話をし・・・としているうちに少しだけ気持ちもほぐれるようでした。
またこの日体育館では、足浴を終えた方に無料で靴下を差し上げていました。

足浴やマッサージは交代で行いました。
私の手が空いているとき、80~90歳くらいの方が娘さんと一緒に順番待ちしているのが目に入りました。
椅子に座って看護師さんと話されているのを見ると、どうやら認知症があるようでした。

足浴までの時間のお役に立てれば、と思いお手玉を出してみました。
「あら、綺麗ねぇ」「昔、学校でねぇ」その場でお手玉を遊ばれることはありませんでしたが、
お手玉の柄を見比べてニコニコとされました。

「良かったらどうぞ」
5個ほどのお手玉を持って行かれました。

その後も、足浴を待っている方にお手玉を見せると予想以上に反応がありました。
途中で私はマッサージに入り、一緒に来た虹の家のスタッフさんにお手玉を託しました。

数人にマッサージをした後、足浴担当に回っているとお手玉をお願いした方から質問が。
「お手玉、これだけですか?」

気づいたら20個のお手玉は全てなくなっていました。

午後4時すぎまで足浴を行い、4時半には撤収。

病院に戻り、全体で今日の振り返りを行いました。

医療チームからは
「フォローが必要な方の名前がリストアップされているところまでは良いが、全員にはお会いできなかった」
「医療相談にいらっしゃる方を、そのままかかりつけ医にかかっていただくように促すのが課題」

足浴チームからは
「靴下が特に喜んでいただけたようだった」との声がありました。

夕食は病院近くで年配のご夫婦が営んでいるお店へ。
奥さんは「私もそこの病院にかかっていて今日も行ってきたんだけど、
支援に来ている人たちがいるから、お店に来たらサービスしてくれって言われててね」とニコニコ言いながら、
混んだ狭い店内をくるくると動き回っていました。

ツイッターで少し状況報告をし、メールをチェックし、就寝しました。

(塩竃市 被災地支援レポート(5)へつづく)

塩竈市 被災地支援レポート(3)~4月30日午前~

塩竃市 被災地支援レポート(3)

<4月30日午前>
午前8時半からミーティング開始。
前日の支援状況の報告と、今日の支援場所・内容の確認をしました。
私たちが向かうのは近くにある避難所。

行動を共にするチームには、全国から集まった医師、看護師、薬剤師、
リハビリ、介護福祉士、医療事務、医学生、高校生の方々がいました。
それぞれ所属の都道府県・職種・氏名を書いたネームプレートを着用し、
私はそこに「音楽療法士」と明記しました。

詳しい支援内容が伝えられました。

医師と看護師は、医療相談ブース担当と回診担当にわかれて往診。
薬剤師とリハビリチームは、あらかじめフォローが必要との
申し送りがあった方に対する服薬チェックや訪問リハの実施。
それ以外のメンバーは足浴チームとして、希望される方への足浴を行うことになりました。

私も一旦足浴チームに配属されましたが、キーボードと歌集を持参することにしました。
同じ避難所を訪問する皆さんからも「ぜひ音楽をやって欲しい」と
声をかけていただきました。

午前9時すぎ、避難所である文化施設に到着。
大小のホールに避難された皆さんが寝泊りをしていて、
ロビーにはテレビが一台置いてありました。

代表者が施設の事務局の方とご挨拶をし、
医療相談ブースや足浴ブースの設置を開始しました。
医療相談と足浴の存在は、館内放送で避難者の方々に案内されました。

足浴はこれまでにも行っており、
準備の段階から二人ほど順番待ちをされていました。
シートを敷き、椅子とおけを置き、お湯や水の準備を行いました。

午前9時半、準備がととのい足浴開始。
一度に3人の方が足浴できるように作ったブースの最初のお客様は、女性2名と男性1名。
いずれも50~60代ほどの方でした。

この日足浴チームの人数は15名ほど。
足浴を行う人、肩のマッサージを行う人、お湯を運ぶ人など役割分担をして、
次々と足浴を行いました。

いらっしゃる皆さんは
「肩が凝ったり足がむくんだりするのよね」
「朝からこうやって足を綺麗にしてもらって天国だなぁ」
「家のがれきの片づけをしなきゃいけないんだけど、今日は腰が痛いからお休みにしたよ」
「最近はもうこの生活に慣れて、夜は割とよく眠れるようになってきた」
など、様々なお話をしていかれました。

足浴の間は比較的リラックスした表情を見せる方が多く、
隣の席になった方々がお互いに話をする場面も見受けられました。

足浴が円滑に始まったのを確認し、
足浴ブースから4~5mほど離れた場所に机を借りてキーボードを置きました。
足浴ブースと医療相談ブースに近く、明るくて人通りがあり、
テレビからは適度に離れた場所でした。

最初に足浴を終えた男性がキーボードの前にやってきました。
会話をしながら、美空ひばりや千昌夫を弾いてみました。
次に洋楽や映画音楽にうつり、「ムーンリバー」を弾いているところで
5歳くらいの女の子がやってきました。

「何か好きな歌ある?」と聞きましたが、
もじもじしながらはにかむだけで返答はありませんでした。
しかしお父さんと思われる方と一緒に、何曲か聴いていきました。

足浴は人手が足りているようで、
チームの方から「高校生にこっち(音楽)に入ってもらおうかと思うんだけど
どうですか?」と声をかけられました。
快諾すると、じきに男子高校生二人が隣にやってきました。

「歌は好き?」「好きです!」
「じゃあ一緒に、子どもも大人も知ってるような歌を歌おうか」
相談して、「翼をください」や「世界に一つだけの花」を歌いました。
歌う二人の高校生の表情は明るく、エネルギーに満ち溢れていました。
終わるたび、前で聴いてくださっている数名の方々が拍手をされました。

次に、小学生の女の子が来ました。
「なんでも弾けるの?」「私が知っている曲なら弾けるよ」
「これ(歌集)見ていい?」「どうぞ」
「・・・AKBは入ってないの?」「うーん、AKBは入ってないなぁ」

「これ、古い~!」
(歌集には2000年代の曲まで入っていたのですが、
確かに小学生にとっては古かったです)

「AKB何か弾ける?」「ヘビーローテーションのサビなら・・・」
「じゃあそれ弾いて!」

記憶を総動員して弾きましたが、やはりサビが限界でした。
女の子は他にも嵐やGReeeeNをリクエストしたり、
鍵盤を弾いて遊んでいきました。

その後も、目の前の椅子で座って音楽を聴いてくださる方、
私の顔を見ながら通り過ぎていく方の前で、
弾いたり歌ったりして時間は過ぎていきました。

音楽チームの高校生は途中でメンバーが入れ替わり、
終わりの方では往診を終えた医師の先生が加わりました。

「次は上を向いて歩こうなんかどうですか?」どこからか声があがり、
上を向いて歩こうを弾き始めました。
医師の先生は手拍子を始め、周囲にいた看護師さんたちも歌に加わり、
私の周りは盛り上がり始めました。

その盛り上がりの一方で私は
「上を向いて歩こうなんて、そんな露骨な応援ソングが本当に嬉しいのだろうか?
支援者側が勝手に盛り上がっているだけではないのか?」という不安が
ふと頭をよぎりました。

しかし始まった音楽は止まらない。
歌ってくださる方々のパワーに圧倒されながら音楽は進んでいきます。

恐る恐る前を見ると、手元で一緒にリズムを取っていらっしゃる方が見えました。
曲が終わると、周りからすかさず拍手が。
避難者と支援者の空気は、不思議と一体になっていたようでした。

途中から、少し離れた場所に日本人でない方々が座っているのが
見えていたのですが、後から聞くとブラジル人の方々だったそうです。

彼らも私に目を合わせて拍手をしてくださっていました。

11時40分、片付け開始。12時には避難所を出て病院へと戻りました。

(塩竃市 被災地支援レポート(4)へつづく)

塩竈市 被災地支援レポート(2)~4月29日~

塩竃市 被災地支援レポート(2)

<4月29日>
午前8時半、都内に集合。
支援者の心のケアに関する資料と、ヨウ素剤を受け取りました。
ヨウ素剤は、福島近辺を通過する間に万が一放射線濃度が
著しく上がったときのためとして配布されました。

午前9時すぎ、大型バスに乗り込み出発。
ゴールデンウィークの初日とあって、道はどこも大渋滞でした。
通常であれば6時間ほどであるはず道のりは、約11時間の長旅となりました。

私は乗り物酔いするのでバスの中で本を読むことなどはできず、
ほとんどの時間を中村ホーム長とお話して過ごしました。
本当は少しでも体力のある状態で支援に臨むべく、
車中ではほどほどに睡眠を取ろうと思っていましたが、
実際は気持ちが高ぶっているせいか眠れませんでした。

午後8時、支援の拠点となる宮城県塩竃市の病院に到着。
軽くオリエンテーションを受け、夕飯を食べ、就寝の支度をしました。

私たちが泊まったのは病院の保育所。
板張りの床に毛布を敷きました。

毛布の上で寝るというのは想像以上に背中が痛く、
身体が落ち着かないまま浅い眠りにつきました。

(塩竃市 被災地支援レポート(3)へつづく)

塩竈市 被災地支援レポート(1)

現在、東日本大震災の被災地支援レポートをまとめています。
後から見返したときに細かいことまで思い出せるように、
また読んでくださった方に雰囲気が伝わりやすいように、なるべく詳細に書いています。

長くなりますので、数回に分けて投稿していきたいと思います。

塩竃市 被災地支援レポート(1)

<期間>
平成23年4月29日~5月2日。うち支援は4月30日・5月1日の二日間行いました。

<経緯>
リリムジカが音楽療法を行っているグループホーム虹の家さんより
「被災地支援に行くので柴田さんも行かないか」と声をかけていただきました。

以前、ホーム長の中村様に「なんらかの形で被災地支援を行いたいと考えている」と
お伝えしていたのを覚えてくださっていたのでした。

グループホーム虹の家を運営する西都保健生協は、全国民医連に加盟しています。
今回は民医連の行う緊急医療支援に参画することとなりました。
西都保健生協からは、私を入れて6名の参加でした。

現地で、どこに配属になりどのような支援を行うかはその場で決まるとのことでした。
音楽が必要となった時に対応できるよう、キーボードに乾電池をつめ、
歌集と共に持っていくことにしました。

また支援直前にクエスト総合研究所の方と知り合う機会があり、
お手玉プロジェクトの存在を知りました。

▼クエスト総合研究所
http://www.questnet.co.jp/

▼お手玉プロジェクト
http://www.questnet.co.jp/mentalcare/03.html

リリムジカが音楽療法を行う特別養護老人ホーム金井原苑さんが
偶然にもこのお手玉プロジェクトに参加していたこともわかりました。

▼特別養護老人ホーム 金井原苑
http://www.kanaibara.com/

急遽お手玉20個を預かり、荷物に入れました。

(塩竃市 被災地支援レポート(2)へつづく)
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